| 第9条は、
日本たてなおしの“初心” |
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国家によってひきおこされた悲惨な戦争。 20世紀最悪の悲劇として印された広島・長崎の原爆投下。
もう戦争はいやだ。 二度とくりかえしたくない。 日本人のすべてが、 心の底から叫びました。 この思いが、 戦後の日本の初心となったのです。
その初心は、 憲法前文に 「政府の行為によって再び戦争の惨禍がおこることのないようにすることを決意し……」 と明記し、
それは戦争という国家の暴走に歯止めをかける憲法となり、 実を結びました。
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| 第9条はアジアの人びとへの“不戦の約束” |
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戦争は、 国内に限らずアジアの人びとに対して、 言葉にはいいつくせない被害と犠牲をもたらしました。 踏みつけたものより、
踏みつけられた人のほうが痛みを忘れないものです。 それでも、 アジアの人たちが日本に信頼をよせてきたのは、 「自衛隊が再び、
戦争をおこすことはありません」 という第9条を、 「心からの謝罪文」 として受けとめてきたからです。 北朝鮮の日本人拉致という国家犯罪に対して、
日本が近隣諸国の協力を得て解決へと導くためには、 戦争という国家犯罪を再びくりかえす道を歩いてはならないのです。
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| 第9条を世界に! |
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日本には 「自衛権」 の名で、 アジア諸国へ侵略を重ねた過ちの歴史があります。 そして、 どんな戦争でも 「自衛権」
という大義をたてて、 突入していったことへの悔いと反省も経験しました (憲法制定国会) 。
アメリカのように軍事力による 「国家の安全保障戦略」 ではなく、 いちばん先に守るべきは、 その国で生活するすべての人の命、
「人間の安全保障戦略」 を対置することこそが求められています。
国際貢献のあり方についても、 とくに日本は 「人間の安全保障」 の視点から軍事ではなく、 非軍事の民生分野に軸足をおいた貢献に徹することです。
ハーグ (オランダ) で開かれた N G O市民平和会議 (1 9 9 9 ) において 「日本の憲法第9条は、 21世紀の世界の憲法が到達すべき道標である」
という決議文が採択されました。 人類の未来への指針として輝く第9条をわたしたちは、 自信と誇りをもって世界に発信しましょう。
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1946年
(昭和21) 「憲法制定国会」 で、 当時の吉田 茂首相は、 第9条第2項について 「一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、
自衛権の発動としての戦争も、 また交戦権も放棄したものであります」 と答弁。
(「昭和史全記録」 毎日新聞社 1989年) |
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| 第9条の“鐘”を鳴らそう
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第9条という宝を手放したあとの代償は、 戦争という暗黒の時代への逆戻りです。 「憲法行脚の会」 「9条をひろげる会」
「憲法をいかす会」 「9条を学ぶ会」 「自衛隊に戦争をさせない会」 「9の日行動」 など、 平和をめざす輪がひろがりはじめています。
一刻も早く、 とりがい謙二社民党県連合代表を先頭にみんなで、 ヒロシマ・ナガサキのこと、 沖縄のこと、 戦争体験のこと、
9条への想いなど戦争の愚かさ、 平和の尊さを語り合い、 行動に移しましょう。
火の粉が落ちはじめてからでは、 もう遅いのです。国家の暴走に歯どめをかけるのは、 「あなた」 です。
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