とりがい謙二の日記

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総選挙後の連立政権では、社民党は閣外で協力すべし!

2月末に社民党の全国代表者会議で上京した。最近はようやく地下鉄にも慣れ、有楽町線で社文会館近くの永田町駅で降り憲政記念館前にさしかかったとき、前方からラフなスタイルで14〜15人程度であろうか、集団が近寄ってきた。散歩をしているようで、真ん中の小柄な男はフードをかぶっていた。よく見るとその男は麻生総理ではないか。びっくりしたが、それ以上に思い詰めた様子が通りすぎる私の心に強く残った。

最近、総選挙後の連立政権のあり方について新聞報道や週刊誌での記事を見かける。北海道大学の山口次郎氏は週間金曜日のコラムで、「社民党には連立政権への参加をためらう声もある。自民党政権は倒したいが、連立政権に参加して責任をかぶるのはいやだというのは問題だ」と言うのである。

しかし、彼我の政治状況の中では、連立政権参加を云々する状況にはとてもないのではないか。今は社民党の主体的力をつけることが先決である。国会議員は勿論であるが、県・市町村議員をどれだけ増やすか。そのためにも日常活動を精力的に行い、県民の暮らしをどう守っていくのかが課題であろう。

現在の自・公連立政権下では、公明党はもはや福祉・平和の党ではなく自民党の補完勢力と化していることをみれば明らかで、党の存在価値さえも見失っていると言えるのではないか。

連立政権に参加するとするならば、せいぜい閣外協力が精一杯であろう。今は、当面する総選挙で松村秀利幹事長の当選に向けて全力をあげようではないか。
これまでの社民党の足跡
1993年7月:日本社会党・日本新党・新党さきがけ・新生党・公明党・民社党・社会民主連合・民主改革連合(参院会派)の7党1会派による細川連立政権に参加。

1994年6月、羽田内閣後、自由民主党(河野洋平総裁)、日本社会党(村山富市委員長)、新党さきがけ(竹村正義代表)の自・社・さ連立政権参加し村山政権発足。党内議論が不十分なまま、自衛隊を合憲に梶を切る。

1996年1月 社民党に党名変更
     3月 第一回社民党大会

社民党は一旦、民主党への丸ごと参加を決定したが、鳩山由紀夫氏の「排除の論理」に反発して、すぐに撤回。現職の幹事長佐藤観樹氏を含め約半数の党所属国会議員が「個々人の決断」のもと社民党を去り、民主党結成に参加した。
その後、多くの労組が民主党支持へ梶を切り厳しい党運営が続く中で、必死の活動が全国で展開されている。

2009-3-2-1
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