後期高齢者医療制度が4月からスタートし、本日支給される年金から掛け金が差し引かれる。国民の反発の激しさに驚いた政府は、「後期高齢者医療制度」を「長寿医療制度」と言い換えて国民の不安や不満を覆い隠そうとしているが、あきれ果てた制度である。
新聞をはじめマスコミは、「現代のうば捨て山の制度だ」「後期高齢者というのは早く死ねということか」という制度に対する高齢者の不信の声を紹介している。
また、「新しい保険証が届かない」「お年寄りが新しい保険証を持たずに病院にくる」などの混乱が各地で起きて、「4月中は古い保険証でもよい」とか「保険料徴収を半年遅らす」ところも出てきている。
本日以降、75才以上の人は、年金額が年18万円(月額1万5000万円)以上であれば、月平均6000円の保険料が年金から天引きされるのである。65〜74歳の人も国民健康保険料が年金から控除されるという。
また、サラリーマンである子などに扶養され、これまで保険料を支払わないで済んだ約200万人の人々にも新たに保険料負担が生じ、更に保険料を1年間滞納すると国民健康保険と同じように保険証を取り上げられ、いったん全額を窓口負担しなければならないのである。
年をとれば体が悪くなり医療費が嵩むことは当然なのに、75歳以上だけ切り離した保険制度を作るのは無理があることは誰が考えてもわかることではないか。将来、保険料の値上げか、受けられる医療を制限するかしかないであろう。現代の「うば捨て山の制度だ」と言われる所以である。
国民の声は、制度の廃止である。
9年前当時4才の児童が、のどに綿菓子の割り箸が刺さり杏林大病院で受診後に死亡したのは医師の過失だとして両親が損害賠償を求めた訴訟の判決で東京地裁は医師の過失を求めず請求を棄却した。
新聞は、裁判長が「傷や意識状態、当時の医療水準を考えれば割り箸が頭の中まで刺さり、損傷を生じた可能性があると診断すべき注意義務は医師にはなかった」と伝えている。両親は控訴する方針という。病院医師の立ち去り型サボタージュ(小松秀樹虎ノ門病院泌尿器科部長)が続く中での患者と医師の対立に心が痛む。
最近、県病院の医師が近く退職するとの話を聞き、その多さに驚いている。延岡病院では消化器内科の医師が4月に1名、8月に1名の計2名、循環器内科の医師が4月に1名、9月に1名、外科の医師が4月に1名、神経内科の医師が4月に1名で合計6名が退職予定とのことである。すでに精神科、眼科の医師は不在が続いており、他にも退職予定の医師がいるというのである。
日南病院でも4月に皮膚科の医師が退職すると常勤の医師はいなくなる。すでに精神科は休床となっている。又、精神科単科病院である富養園は、来年心の医療センターとして宮崎病院に併設予定で準備がされているが、主立った医師が昨年退職し又近く退職予定とのことである。いずれも県の基幹病院であり、県民の医療は大丈夫なのか心配でならない。
研修制度の導入により大学の医師が不足し、地域の中核病院から医師がいなくなっているのである。病院局を始め知事は先頭に立って医師確保に努めて欲しいものである。
昨年、妊娠している奈良県の女性が出血を伴う腹痛で救急車を呼んで産婦人科へ行こうとしたが、10ヶ所以上の病院から断られてたらい回しにされ大阪で流産してしまった事件があった。女性は一回5000円程度かかる妊婦検診を一度も受けていなかったという。
多くの病院が、「ほかに分娩が連続していた」「とても責任を持てる状況ではなかった」として入院を断ったためだが、社会的反響が大きく舛添厚生労働大臣と奈良県知事が再発防止のための会談を行うほどであった。
しかし、全く問題は解決していない。それどころかその緒にもついていないのではないか。小泉構造改革路線により社会のあらゆる面で格差が拡大し、若者を中心に貧困が進行している。福田首相が2008年度予算で強調する「若者に夢を、高齢者に希望」とは何を指しているのであろうか。
昨年、県北の日之影町で行われた医療シンポジュームを大きな契機として宮崎県の医療の実態そして日本の医療が本当に深刻な状況に陥っていることを実感するのである。高千穂町立病院長の言葉が忘れられない。
最近、小松秀樹東京虎ノ門病院泌尿器科部長の新潮新書「 医療の限界」を読んだ。先進国の中で日本の医師や医療費が如何に少ないか、そして医療が未だ完全ではない中で、完璧を求められ多くの医師が病院から辞めていっている現状が描かれている。
そこに2004年に福島県立大野病院でおきた医療事故などが紹介されている。大野病院事件とは、産婦人科専門医が帝王切開手術を行い女児分娩後子宮内壁に癒着していた胎盤を、手術用はさみであるクーパーを使うなどして無理に剥離し、その結果として大量出血を引き起こして失血死させたという業務上過失致死と、異常死について警察に通報しなかったという医師法違反で逮捕された事件である。
現在係争中であるが、このような事例の前に産婦人科医師たちは立ち止まっているという事情もあるのではないか。
政府は、ある時は医師養成を推進し、ある時は抑制するなどして対応してきたのである。その不備を突かれ大あわてしている医療政策はまさしく失政といえるのではないか。ただ、医師研修制度導入のみではないであろう。そして宮崎県の県立病院も深刻な事態を迎えつつある。
先日ある障害児の施設を訪れ、老施設長と懇談した。若い頃から障害者などの施設で働き、健常者や障害者が安心して暮らせる社会の実現を願いながら働いてきたという。
2006年10月、児童施設にも障害者自立支援法が施行され、成長途中の障害児施設の給付費も月額制から日額制となり、費用負担も保護者の収入に応じた応能負担から保護者の収入に関係なく1割を徴収する応益負担となった。
このため、「施設の収入が安定せず児童を世話をする職員を安定的に雇用することができないし、収入の低い若い世代の保護者も利用を控えるようになっている。厚生労働省は、成長途上の障害ある子どもたちにとって療育がいかに大事なのかわかっていない」というのである。当然の話ではないか。しっかりとした療育体制こそが求められているのだ。そのためには、法の廃止を含めた抜本的な制度の見直しを行うべきではないか。
幼いために障害が認定できないグレーゾーンの子どもたちにとっても、療育はとても大事である。障害児を持つ三重県の施設職員中島由香里さんは、財団法人日本知的障害者福祉協会が発行する「さぽーと」1月号の中で、次のように強調している。
潜在的能力を備えているのに親が「障害があるからこの子はできない。無理だ。」と思い込み、幼い時にきっちりとした躾をされてこなかったといいます。「この子には食べることぐらいしか楽しみがないから……」といって抑制せず、本人が食べたいだけ食べさせてしまいます。食べることしか楽しみがないようにさせたのは誰ですか?と私は言いたい。憤りを感じます。……
これほど早期療育の必要性を訴える言葉はないのではないか。
今年も、残すところ数時間。今年1年、本当に様々なことがあった。知事選挙、統一自治体選挙、参議院選挙と日本の民主主義が問われる選挙があり、参議院では与野党が逆転した。私も多く人の支援により県議会に復帰することができた。
ねじれ国会と言われるが、これこそが憲法が求める本来の姿ではないか。与野党が議論を重ね、妥協点を見つけて法案化すればよい。世界の変化にスピーディーに対応できないのでねじれを解消すべきとするなら、総選挙で衆議院でも与野党を逆転することである。そのことを多くの国民も望んでいるでいる。
もしこのまま自公の政治が続くなら、それこそ日本は格差社会が進行し世界の潮流から取り残され、尊敬もされなくなることを覚悟しなくてはならない。
ところで、先月総務省が公立病院改革ガイドラインなるものを発表した。公立病院の赤字が増えることを許さないというわけである。
病床利用率が3年連続で70%未満の病院は、診療所への転換を求めている。財政健全化法に続く住民無視の急激な自治体財政改革である。救急医療や僻地医療等の不採算医療を担っているとしてもその存在は許さないという小泉構造改革が続いている。命や健康も自己責任というわけである。
非正規雇用の増大や低賃金、競争と自己責任の政治を続けるのか、これを許さないのかが問われている。新年早々にガイドラインを突破するための作戦会議(学習会)が東京で開かれので、参加することにしている。2008年も暮らしと平和を守るために奮闘したい。
医療シンポジュームが日之影町で開かれるため、今日は電車で行くことにしている。しかし、高千穂線がなくなったため延岡市〜日之影町間の交通の便をなにするか悩んでいる。何かと不便だ。
今、医療は大変な状況となっている。小泉構造改革で格差はあらゆる面に広がり、日本はまるで分裂国家となったかのようである。都市と地方、正規雇用と契約派遣などの非正規雇用等々、医療も同様だ。後期高齢者医療制度というわけのわからないものが持ち込まれようとしている。介護保険も同様で、お金のある人とない人との格差は大変なものである。
格差は地方にも拡大し、宮崎市と西臼杵郡では救急車の出動も搬送される病院も大変な違いである。30市町村の宮崎県、皆県民である。安心して暮らせる宮崎県づくりが知事や議員の任務である。
都城市の児童自立支援施設「県立みやざき学園」が、年度末に余った予算を次年度に持ち越すため、実際には物品を購入していないにもかかわらず、納入業者に購入代金として管理させていたことが公になった。
県によると、同校は県内の文具・事務機器の販売を手掛ける2社に対し架空の物品購入を行い、金銭は各社が金庫に保管するなどし4月現在の預け金残高は120万円だったという。
東国原英夫知事は、17日記者会見し「裏金と指摘されても仕方がなく、残念。全容を解明する」と陳謝したが、果たして知事が会見して発表すべき事柄であったのか、4月に判明したのなら1ケ月後ではなく何故もっと早く公表できなかったのかと思う。
当然のことながら、会計上の不適切な処理は厳しく批判されなくてはならないが、その古典的手法に驚くと共に県政における同施設の位置づけが透けて見えるようである。
県立とは言うものの施設は老朽化しており、職員は知事部局職員に教育委員会の派遣でようやく運営がなされている現状だ。職員の配置状況や予算の配分はどうであったのかも検証されなくてはならないだろう。現在児童が4人保護されているが、果たして県立であるべきなのか。国が九州に一カ所設置をするとかの検討も加えられなくてはならないだろう。
又、同施設の存在を初めて知った県民も多いのではないか。児童福祉法では、児童自立支援施設は不良行為を行い又は行うおそれのある児童および家庭環境その他環境上の理由により生活指導等を要する児童を入所させ又は、保護者の下から通所させ個々の児童の状況に応じて必要な指導を行い、その自立を支援することを目的とする施設となっている。
子どもを取り巻く環境が激変する中で、もっと大人が子どもたちの育つ環境に関心を持つことを今度の事件は教えているような気がするがどうだろうか。
国は、新年度より児童相談所の児童福祉司(ケースワーカー)の増員を決めた。経済・社会の激変する中で、児童相談所は、両親が何らかの事情で子どもを養育できない養護相談や発達障害、虐待庭相談などあらゆる児童の相談に対応してきたが、その相談体制は十分とは言えないのが現実である。今回の地方交付税の算定基準の改善が、直ちに児童相談所の相談機能の向上に繋がるかは各自治体の姿勢にかかっていると言っても過言ではない。
地方交付税の算定基準では、現在児童福祉司の配置は人口170万人当たり25人となっている。つまり、人口68000人当たり1人の児童福祉司が配置されることとなっており、新聞報道では全国に2,147人配置されているという。
今回28人に改善され、人口60、714人につき1人の児童福祉司が配置されることになるわけである。本県ではどうかというと、17人配置すれば良いところを18人配置しているというのが当局の考えのようだ。新年度は19人が地方交付税上の算定となるわけだから、1人増員すれば良いと言うことになり推移をも見守りたい。
ところが、現場実態はかなり違うようである。例えば、直接児童相談などの実務に当たる児童福祉司は、14人で残りの4人は児童福祉司を指導監督する係長や課長などである。つまり、スーパーバイザーも児童福祉司として算定しているわけで果たしてこれでよいのかと言わざるを得ない。
更に運営指針では、教育・訓練・指導担当児童福祉司つまりス−パ−バイザ−に経験10年を求めているが、本県で該当する職員が何人いるのかと考えるとお寒い現状である。
県財政の改革が叫ばれているが、児童の健全育成のために更なる児童相談所の機能強化を求めたい。。
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