とりがい謙二の活動報告

2011年8月の記事

‥貽本大震災の被災地で凄まじさに圧倒される!

前日の最終便で上京し、宮城県山元町や石巻市の被災地に行っててきましたが、そのすごさに圧倒されました。山元町役場に宮崎県から長期派遣されている田迫昭彦さんは海近くの津波で破壊された家の壁に「『16年間ありがとう』と書かれているのを見て涙が止まりませんでした」と話していました。その後、石巻市にいきましたが、震災後6ヶ月であるにも関わらずあちこちに瓦礫の山が放置してありました。早急な処理が求められます。(写真左下:プレハブの山元町役場、写真右:壁には16年間ありがとうと書かれた破壊された家、写真左上:基礎だけになった地域)


2011-8-31-2 コメント

自治労組織集会で「人類は選択を迫られている」と山口CNIC共同代表!

霧島国際ホテルで組合員・退職者・地方議員が参加して自治労宮崎県本部の組織集会が開かれました。大久保委員長のあいさつの後、原子力資料情報室共同代表山口幸夫さんの「福島第一原発と私たち」と、評論家佐高信さんの「原発文化人と東京電力の体質」と題した記念講演が行われました。

山口さんは「原発は大きな問題点があるにも関わらず、極めて閉鎖的な原子力村で政府・電力会社が一体となって進められてきた。会長・社長らが引責辞任した2002年の東電事故隠しに疑念を持った柏崎刈羽原発7基をかかえる新潟県は「原子力発電所の安全に関する技術委員会」を設置し、反原発派の識者を参加させ、市民がその議論を傍聴し、時には異議申し立てする新潟方式は意義あるものとなっている。(写真左:講演する山口幸夫原子力資料情報室共同代表)
放射性廃棄物の問題は当初からあったにも関わらず何とかなると進めてきた。これまで原発を進めてきた学者16名が連名で陳謝し解決法を示したが具体性に欠けている。又、34学会の会長声明には反省はない。学会とは何か疑問を持たざるをえない。世界で唯一の被爆国日本は、今核エネルギーを軍事にも民事にも使ってはならないという現実に直面している。人類は選択を迫られている」と人類生存ためには脱原発の道しかないことを強調されました。

佐高さんは「東京電力は全く反省していない。皆さんはこのことを深く心に刻み運動を進めるべきだ」と強調し、「2大政党制は政策が似かより国民のためにならない。小選挙区制から少なくとも中選挙区制に戻すべきだ。地域独占を認められている電力会社は国民に電気を供給する義務があり計画停電を求めるなら社長・会長は責任をとって辞任するべきだ」などと厳しく電力会社の責任を指摘しました。そして「労働者が社畜から人間になるべきで人間観の問題だ。どんな一生を送るのかが問われている。文化と思想で勝つしかない」と参加者を激励しました。(写真左:講演する佐高信氏)

2011-8-5-1 コメント

総務政策常任委員会の県北調査(2・3日)でした

総務政策常任委員会の県北調査で、2日は川南町役場でコミュミティーバスの運用状況、日之影町で廃線となった高千穂線の列車を宿泊所として活用している「TR列車の宿」の人気振り、3日は自治体クラウド開発実証事業の旭化成のデータセンターである「旭化成ネットワークス」とセンコービジネスサポート、延岡市消防本部で延岡市の津波対策について調査しました。
3日の夕方から、社民党県連常任幹事会で当面の取組について議論し、毎月第2土曜日に学習会を行うことなどを決めました。

2011-8-2-1 コメント

国道220号青島〜日南改良促進既成同盟会が開かれる!

ホテルプラザで宮崎市長や日南に市長など関係者40名が参加して国道220号青島〜日南改良促進既成同盟会が開かれ、地元議員として出席しました。同国道は、大雨や台風時にたびたび通行ができなくなっていますが、県央部と県南を結ぶ幹線道路として通勤通学路・地域医療を支える救急患者の搬送路として重要な「命の道」として早急な整備が求められています。
予算決算を原案どおり承認し、事務局を宮崎市から日南市におくことや今後国や政党に要請活動を強化することなどが決まりました。
夕方から、社民党県連4役会に出席しました。

2011-8-1-1 コメント
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