社会民主党宮崎県連合代表 鳥飼謙二 社民党
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活動日誌 2004年2月
○新作オペラ「鬼八」鑑賞を鑑賞しました(2004・2・28)
    宮崎市民文化ホールで上演されたオペラ協会創立30周年記念新作オペラ「鬼八」を鑑賞しました。オーケストラや合唱など約200人が出演し、初めてのオペラ鑑賞でしたが平和を願う今日の時代背景もあり感銘を受けました。


○金曜会で介護保険学習会に参加(2004・2・27)


○2月定例県議会が開会しました(2004・2・26)                            本会議が開催され新年度一般会計など19の予算関連議案など59議案が上程され、知事の所信表明、議案の概要説明がありました。社民党は満行議員が代表質問、私と高橋議員が一般質問を行います。昼休みに農政振興議員連盟役員会。


○県雇用推進機構の合同就職面接会開かれる(2004・2・25)
    県立芸術劇場で開かれた同機構主催の合同就職面接会に行って各ブースを回ってきましたが、多くの若者や年輩者が真剣な顔つきで各企業の担当者から話を聞いていました。現実として失業を実感しましたが、同機構の槇原相談員によりますと、雇用支援機構は経営者協会と労働団体の連合の労使で構成されており、今回が初めての就職面接会だったとのことでした。県内3地区で行い、都城地区は47企業が参加し就職希望者は363人、今回はたまたま地元企業の事業拡大もあり69人が内定、延岡会場は34企業の参加で就職希望者が255人で3人が内定し最終的には11人程度になるのではないか、宮崎会場は69企業参加し就職希望者は481人とのことでした。雇用問題は最重要課題です。
 
    午後は、宮崎商業高校を訪問し、河野校長先生、山口進路指導部長から、同校の生徒の就職・進学の現状について説明を受けました。同校は、約6割が進学し就職は4割程度で就職未定者が、まだ若干残っているが何とか就職先を見つけたいとご苦労をお離しいただきました。若者が希望の持てる社会をとの気持ちが募ります。

 
○自治体問題研究所との意見交換会に出席(2004・2・24)
    労働福祉会館で開かれた自治体問題研究所と社民党県連との意見交換会に出席しました。今後、市町村合併、イオン進出問題等の街づくり、県立病院充実等の多くの県政課題に積極的に意見交換していくことを確認しました。夕方、子ども療育センターを訪問し山口所長と県内の療育指導体制の現状やこども療育センター充実に向けての意見交換を行いました。


○自衛隊派遣反対集会で「引き返す勇気」と挨拶(2004・2・21)
   約1000人が参加して県庁前で開かれた連合宮崎主催の「自衛隊のイラク派遣中止を求める集会」に参加しました。新名会長の挨拶の後、宮大生や介護施設の青年、退職者等のリレートークの中で社民党を代表して「三股町の高校生や公立大の学生の運動こそ本当の愛国心だ。教育基本法に盛り込もうとしている愛国心は危険。世論を盛り上げて自衛隊派遣を中止させよう」と訴えました。その後、橘通りをデモ行進し派遣反対を県民に訴えました。

○座り込み行動に延べ100人が参加しました(2004・2・20)
   派遣反対が多数を占めた世論が半々に分かれるなど国論が2分される中での座り込みは、新聞テレビの報道もあり大きな反響を呼びました。

○自衛隊のイラク派兵反対座り込み行動に参加(2004・2・19)
 
午前中は、市役所前噴水公園で20日までの予定で実施された自衛隊のイラク派遣に反対する座り込み行動に参加しました。午後は議会運営委員会を受けての党議と県労組会議等支持団体との意見交換。
 
市役所前での座り込みで挨拶 後世に悔いのない取組を

○県立延岡病院の充実を知事に要請しました(2004・2・18)
   9日の現地調査結果を受けて、安藤知事に「県立延岡病院の機能強化や麻酔科医師の確保、必要なスタッフの確保」等の申し入れを行いました。
   午前中は、自治労中央委員会に出席し社民党を代表して連帯の挨拶。



○「福祉事業団と浅野知事との覚書」等の説明(2004・2・17)
  仙台市内にある宮城県福祉事業団本部で小野隆一地域福祉部次長からお話をお聞きしました。
   今後の事業団のあり方について、浅野知事と田島事業団理事長とで締結された「事業団は県内社会福祉施設の中核的施設として、他の社会福祉施設に高度専門的な技術の提供や支援を行うセンターオブセンター機能、セーフティネット機能等を持ち県立施設の管理運営や自主事業、市町村からの受託事業を行い、県は対等なパートナーとして福祉社会を実現する」との「宮城県福祉事業団のあり方に関する覚え書き」や施設サービス評価・苦情相談、リスクマネジメント、セクシャルハラスメント防止、身体拘束廃止宣言等について説明を受けました。又、同県では県福祉事業団、県社会福祉協議会、いきいき財団の3団体統合が大きな議論になっているとのことでした。
 
   今回の実質2日間の視察を終えて、対象者の真の福祉を図ることの重要性と困難さを痛感し本当に頭を殴られたようでした。地方自治法改正で指定管理者制度が導入されましたが安易な適用により事業団が解体され、結果として利用者の福祉が低下することのないようしっかりした検討が求められます。


○心身障害者総合援護施設「舟形コロニー」訪問(2004・2・16)
   舟形コロニー管理棟で、庄司典夫事務管理センター長からビデオ交えて説明を受けました。庄司センター長は、「現在中度から最重度の知的障害者434人が生活しているが、グループホーム等を地域に充実していくことで2010年までに入所者の退所を図る。県内には1820人が施設で生活しているが、最終的には施設をなくしていくことで県で検討されている。家族は総論賛成だが各論反対なので職員が家庭に返すのではなく地域に返すと説得している。又職員の意識改革も大切だ」と強調されました。
 
舟形コロニー本館で庄司センター長の概要説明

    その後、コロニー内の重度最重度の入所者が生活している「とがくら園」を見学。野内信夫園長は「現在81名(定員100名)が生活しているが、その内胃ろうの患者が2名、おむつの人が30名、車椅子利用者は半数となっており知的障害者施設であると同時に特養であり、精神障害者施設でもありターミナル施設でもある。食事や入浴等の介護に人手が足りずにグル−プホーム利用者からボランティアに来て貰っている。同様にして、とがくら園入所者とグループホーム利用者と一緒に沖縄県など県外旅行にも行っている。職員だけでは人手が足りずに実施できないので、非常に助かっている。今後小規模多機能型グループホーム等を充実して最重度のとがくら園入所者も地域での生活を実現する予定だ」決意を述べておられました。富山県の『この指とまれ』を何回となく視察した由。
 
とがくら園の野内園長から説明を受ける調査団

 その後、在宅支援を進めている古川正憲はちくら園長と庄司センター長の案内で、大和町始め3町1村の20カ所のグループホームの地域支援等を行っている地域福祉サービスセンター「パレット」やグループホーム2カ所、座布団作りをしている通所授産所等を見学。
 
グループホームでの古川園長(隣は高橋議員)

 昼休みの事業団の組合役員の方との意見交換会での「施設解体で職員の雇用不安が大きく早期退職者も出ている」との意見があり、今後の展開が気になるところです。

 
舟形コロニー玄関前で(高橋透議員と)

○宮城県の施設解体宣言の現場視察に出発(2004・2・15)
  
宮崎県社会福祉事業団労組の皆さんと知的障害者の施設解体宣言をした宮城県福祉事業団視察に同僚の高橋透議員と同行しました。今日は各人の業務の都合で夕方の便で出発し、東京都内泊です。
 宮城県福祉事業団は、2002年11月、福祉2010年までに舟形コロニー(定員500人)を解体して地域生活移行を進める計画を発表しています。

○宮崎自治研究所の地方財政学習会に参加(2004・2・12)

 中央公民館で開かれた地方自治問題研究所主催の地方財政学習会に出席しました。
 地方自治総合研究所の飛田博史研究員は「三位一体改革下における地方行財政の動向」と題して講演した「@羅針盤を失った国家財政の中で三位一体改革が進められているが、地方自治体にはまだ希望がある。公共事業を政策選択したバブル前の財政規模に戻せるのか、A市町村合併は変質した。合併特例債の後年度地方交付税負担の議論は極めて危険だ。その後は行革もあり99年に合併した篠山市に学ぶべきであり、財政再建団体に陥ることが果たして悪なのか。赤池町の例に学ぶべきことも多いのではないか。要は住民とと共に地域を作っていくことが重要だ。B2006年度を目標に議論を進めて、特別会計で既存の借金と新規の借金を区分した仙台市の例など参考にすべきだ」と強調されました。宮崎県財政の的確な分析の必要性を痛感しました。
 夕方から市役所退職予定者慰労会に出席。


○自衛隊のイラク派兵反対を街頭宣伝(2004・2・11)
    午前中は車4台で市内一円で自衛隊のイラク派遣に抗議する街頭宣伝をした後、山形屋前で「自衛隊員が殺されることも殺すことも許さない」とチラシを配りながらマイクで通行する県民に訴えました。
    午後は、平和と民衆主義のための県民連合主催の平和集会に出席し、前田哲男東京国際大学教授の講演「イラク情勢と自衛隊派遣」を聴講しました。
 前田教授は「イラク派兵は違憲・違法。専守防衛を定めた自衛隊法、国連憲章、日米安保条約、憲法9条にも違反している。自衛隊法3条は国土防衛と内乱鎮圧に限定しているが、100条の雑則で札幌雪祭りと同じ感覚でイラクに出動した。今求められているのは、米軍の撤退と・国連関与化の選挙による正当政権の樹立だ。」と法治国家でありながら法の手品をつかい論理のサーカスを繰り広げる小泉自公連立政権を厳しく批判しました。」
 イラク特措法の違反の自衛隊の撤退基準を明確にしないと先の大戦の轍を踏むことになり取り返しのつかない事態が生じる怖れがあります。
 
山形屋前での街頭宣伝 自衛隊法違反と前田教授

○県職労女性部、県職労中央委員会に出席(2004・2・10)


○延岡市長、県立延岡病院長に申し入れ(2004・2・9)  
    県立延岡病院の麻酔科医師辞職問題で揺れる県北地域医療の充実のため、社民党県連合調査団の一員として延岡市役所、県立延岡病院を訪問しました。社民党調査団の「@初期救急医療体制とりわけ小児救急医療体制の充実を図ること。A障害者の療育体制の整備を図ること」との文書での申し入れに、桜井市長は「深夜帯の救急体制の問題等は承知しており医師会とも協議しながら充実していきたい。小児救急医療体制の整備については医師不足や高齢化等もあり県病院にお願いできないかと考えている」等と答えました。
 
桜井市長へ申し入れ

 その後昼食休憩時間に病院分会役員との意見交換会を持ちましたが、その中で「定員7人のNICUに10〜13人が入院している実態や医師や看護師等のスタッフが昼食休憩もとれない状況や夜勤、深夜勤、時間外勤務等でスタッフの深刻な勤務環境にあり要員が明らかに不足している実態が明らかとなりました。
 
昼休みの職場代表意見交換

 その後、病院内で小川院長、長友事務局長等病院幹部にお会いし、麻酔科医師辞職の噂があるが事実か。県北地域の高度医療の中核病院としての早急に機能強化を図るべきではないか。」と申し入れました。
 小川院長は、「県北地域の特殊事情を考慮すべきだ。@宮崎市や大分市、熊本市まで2〜3時間を要する交通事情、A圏域内に大学病院や大学がない。B民間の大きな総合病院がない。このため、夜間はほとんどを受けざるを得ない状態でスタッフに多大な負担がかかっている。かかりつけ医制度の充実や救急告示病院との適切な連携、市民の理解、市町村の主体的活動等により、急性期病院に特化して高度医療により重症患者を治療する余裕の増大を図り、地域の民間病院との役割分担により在院日数の短縮(19日→14日)等を図りたい。とりあえず救命救急センターの充実は早急に実施すべきと安藤知事にも要請している」と答えました。
昨年と比較すると小川院長の就任により院内の状況はかなり改善されてきていると感じられましたが、まだまだ不十分であるため18日に知事に改善方を申し入れることになりました。

○県職現業労組、県職労青年部大会に出席(2004・2・7)


○茅葺き民家の三山町と兵庫県出石町を訪問(2004・2・5)
    午前中は京都府のほぼ中央部にある美山町を訪問し、元助役の小馬勝美にお会いしました。国土交通省の選定の理由は「約2000戸の民家のうち250戸が茅葺きという日本一の残存率を生かし、『 美しい町づくり条例』を制定し街並みの保存に力を入れると共に、提供する料理や飲料にはあくまで「地元産」にこだわって都市農村交流を進め、「家は必ず木造」などの厳しい入村規定にも関わらず多くの都市住民が定住するなど地域の活性化に貢献した」となっています。カリスマの名称は「むらおこし・交流・新産業おこしのカリスマ」。写真コンテストがあるとかで多くのアマチュアカメラマンが小雪の中の街並みを撮影していました。 美山町http://www.joho-kyoto.or.jp/~miyama/
 
三山町の茅葺き民家前で

 小馬氏は、「観光とは「感交」で感動と交流が基本だ。過疎化が進む中で集落を如何にして残すのか住民と大議論をした。そして、住民が生き生きとし高齢者が頑張ろうという気持ちになったし、女性のパワーを引き込むことが大切だ」語りました。

 午後は兵庫県北東部出石町を訪問、同町は山名宗全ゆかりの城下町ですが明治以降鉄道敷設拒否し、以後但馬の経済の中心は北の豊岡市へ移り衰退傾向を続けてきたと言う。到着が夕刻であり先に役場や町のシンボル辰鼓楼、家老屋敷、桂小五郎潜居跡、出石の名物となった50軒の皿そば屋等の町並みを見学しましたが、案内の女性のなめらかな説明にも感心しました。 出石町観光協会http://www.izushi.co.jp/
 
出石町のシンボル辰鼓楼

 カリスマの名称は「町民主体の町づくり・仲間を集めたカリスマ」で選定の理由は「昔ながらの城下町の雰囲気を残すことを目的とする「出石城下町を活かす会」を設立し、住民主体の町づくり意識を高揚させた。又街並みの保存活動と共に伝統的な「皿そば」のPR活動により観光地として認知度の低かった人口1万人の町に100万人という観光客が訪れるまでに成長させ地域の活性化に貢献した」となっています。
 同町観光協会顧問の上坂卓雄氏は「観光協会に観光関係者だけでなく商店主やサラリーマン、医者、議員、一般町民など総勢400人が集まり運動が始めたが、出石らしさを守ることに心を合わせたことが発展に繋がった」とのお話は私達に多くの教訓を与えました。 又、戦前の国会で2・26事件直後の粛軍演説で有名な同町出身の政治家斉藤隆夫を偲んで建設された記念館「静思堂」での静思塾も大きな役割を果たしたとのことでした。


○濱田赤福社長に伊勢神宮おかげ横町を学ぶ(2004・2・4)
    国土交通省の選定理由は「1980年代の伊勢神宮内宮の往来者が年間20万人と低迷していたところ古い町を再現し「日本文化、日本の暮らし」を表現した「おかげ横町」を建設、運営し、平成14年には年間約300万人を集め、これからの活性化の一つの方法を示した」となっています。カリスマの名称は「日本の暮らしと街並みをテーマにしたミニタウンのカリスマ」。おかげ横町は、門前町として栄えていた約800mの「おはらい町」の一角30軒2400坪を買収し140億円を投資して作られた新しい町で28軒は同社の子会社で15軒はテナント

 濱田社長は、「日本は大変革の時代を迎えており、愛情を大切とする老人文化の第5のうねりの時代となった。日本の暮らし・文化の復興が求めれている」と話しておられました。黒い瓦屋根に囲まれた木造建築群に浮き浮きしながらもしっとりとした落ち着きを感じました。太鼓櫓での笛と太鼓の演奏を聴きながら、せわしない時代であればあるほど求められる古き良き時代が再現されているなと思いました。
 
おかげ横町太鼓櫓の演奏者 熱意を語る濱田赤福社長


○南九州広域観光促進懇話会で観光カリスマ視察(2004・2・3)
 宮崎県と鹿児島県の観光振興議員連盟で構成する南九州広域観光促進懇話会の観光カリスマ視察団の一員として参加しました。
 今日は、愛知県知多半島の南端師崎港の沖合2キロに位置する人工2300人のたこ料理とふぐ料理で島の活性化を図った「日間賀島」の日間賀観光ホテル社長中山勝比古氏にお会いしお話を伺いました。
 中山社長は「島が認められうれしかったし、現代は夢と理想がなければ生きていけない時代だ。成功の理由は@高速道路が整備され京都、奈良、静岡が2時間圏となるなど交通アクセスが良くなった。A約1キロ四方の狭い島で、約600世帯で漁船数580隻、旅館18軒民宿70軒の漁業と観光業の比率は9:1だが、漁業と観光業界の連携と信頼を築いてきた。Cタコ漁のない時はふぐを売り出すためにふぐ調理師免許取得を強力に推進した。これは自分たちで企画し金も時間かけた結果、1人へのクレームは島全体のクレームになるとの意識が高まった。今、若者のためにある大学と連携し観光大学の設立準備を進めている」と熱意と対話の大切さ夢を語り、又「価格競争は絶対やってはいけないし、足の引っ張り合いもいけない。協調が大切だ」と協調されました。
 
日間賀島のタコのモニュメント

 国土交通省は選定の理由として「見る観光」から「参加する観光」へと変化しつつある観光客のニーズに漁業と観光の融合にいち早く取り組み、様々なアイデアを実行に移して離島ながら多く観光客の心をつかんだとしている。
 昼食のワカメのしゃぶしゃぶには吃驚しましたがおいしかったですね。
日間賀島観光協会 http://www.himaka.com/

○県行政書士会新春懇談会に出席しました(2004・2・1)
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