社会民主党宮崎県連合代表 鳥飼謙二 社民党
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活動日誌 2003年5月
○財団法人宮崎身体障害者福祉協会提起報告会が開かれました(2003・5・31)
    宮崎身体障害者福祉会館で会員約150人が参加して、53回定期報告会が行われ、協会の発展に尽力された山下信広さん等が理事長表彰を受けられました。社団法人ではなく、財団常人となっているところに歴史を感じます。


○議会運営委員会が開かれ6月議会の会期等の決定を受け党議(2003・5・30)
 会期:6月6日(金)〜24日(火)
議案:一般会計補正予算24億38、385千円 公営企業会計1億19、601千円
 事業の概要
  ☆緊急地域雇用創出特別基金事業   4億38、385千円(内3億円は市町村分)
  ☆中小企業等支援ファンド貸付事業 20億円
その他、条例4件、条例以外5件、報告承認2件、報告7件
議員の質問を確保するため6・11月議会は一般質問が1日延長され5日となります。
 会派別質問者数:社民3名、自民13名、公明2名、民主2名の計20名。


○川越進翁胸像献花式典物故県議合祀慰霊祭(2003・5・29)
 1883年(明治16年)5月、鹿児島県からの分離独立に貢献のあった初代県議会議長川越進翁を讃える献花式が県庁中庭の川越翁の胸像の前で行われました。その後、平和台公園で前・元県議で構成する春秋会主催の物故県議の合祀慰霊祭に出席し先輩議員の皆さん方を偲びました。毎年出席し、今年で14回目になりますが身が引き締まる1日です。
 午後は日南地区の県出先機関をあいさつ回り、夜は宮崎地区の県職員新規採用職員歓迎会に出席。
 
鹿児島県から分県運動を進めた川越進翁献花式

○県立産業技術専門校開講記念式典(2003.5.28)
  西都市に本年4月に開校した県立産業技術専門校の開講記念式典に出席しました。式典前に施設を見学しましたが、広い敷地に基礎実習棟や管理教室棟、講堂やグランド、全国的に初めてという応用実習棟や寮など立派なな施設となっています。県内の産業界の要請に応えた@木造建築科、A建築設備科、電気設備科、構造物鉄工科の高卒2年課程で定員は各20名となっています。中卒1年課程は高鍋分校として建築科、塗装科各20名が併設されています。
  式典後、記念講演で都城専修職業訓練校OB(高城町出身)の黒木透氏の生い立ちから会社株式上場までの体験談を交えた「倦むことなかれ」と題した講話があり、若い皆さんにも大変良い刺激となったことでしょう。


○高見市議や県職の役員さんと西諸地区をあいさつ回り(2003・5・27)
 少子化対策特別委員会に出席後、午後から高見市議等と小林地区の県出先機関をあいさつを兼ねて県政の調査。


○執行部と初顔合わせの商工建設常任委員会(2003・5・26)
  常任委員会終了後、県議団と県労組会議・自治労役員との今期の初協議が行われ、必要に応じ教職員組合や宮交労組も交えてで定例的に意見交換をしていくことを確認しました。


○コーポ住吉荘のこいのぼり運動会を観戦(2003・5・25)
  生憎の雨のため同荘食堂で開かれた運動会は、ゲーム主体となりましたが空き缶をチームで積み上げる背くらべなどよく工夫されたプログラムで、地元の皆さんや家族も参加した楽しいものでした。
 その後、青葉区総会に出席し「自治会活動や子ども会活動で地域社会の再生を目指しましょう」とあいさつ。総会終了後、懇親会で交流を深めました。


○社民党幹事会で党大会、知事選で議論(2003・5・24)
    選挙後始めての党幹事会が開かれ、選挙総括や党大会、知事選問題について議論しました。厳しい選挙戦でしたがよく健闘したと言えるのではないでしょうか。日向市議選の公認候補落選は大変残念でしたが、県議選挙の1人名増と延岡市と日南市での世代交代は大いに評価できると思います。
   私が初当選の1990年は8名の社会党県議団でしたが、その後落選や党の分裂、本人の死去、市長選への転身などにより一時は3名まで後退し大変悔しい思いをしたことが思い出されます。前期に1名、今期が世代交代併せ1名増の5名となったことは本当にうれしい限りです。県民の期待にしっかりと応えることが求められていると言えます。
 午後は、 前田利行君を偲ぶ会に出席。

○連合等6者会議で知事選について議論(2003・5・23)
 連合宮崎、社民党、県労組会議、民主党、友愛連絡会議、民主党を応援する会の6者によるCNP会議が開かれ、できるだけ早く知事選への対応を決定することを申し合わせました。夜は、同級生の主催する現の会で久しぶりにジャズを楽しみました。


○党議で徹底議論(2003・5・22)
    新人議員が5人中3人となった社民党県議団は、全員が議会活動に積極的に参加するためにこれまでの党議の運営方法を含め徹底して議論することになりました。議会内申し合わせ事項や質問の順番等全てについて徹底議論を確認しましたが、午後は議会運営委員会が開かれ、早速全員で議論して意思統一して満行幹事長を送り出すルールづくりを実践。
 45人中5人の勢力ですが、県民の皆さんの期待に応えるために一致結束して1人で10人分20人分の働きをするつもりで頑張らなくてはと思う毎日です。


○臨時議会で正副議長を選出(2003・5・19〜5・21)

 
初日は先週の全員協議会で積み残した事項を9時から再協議。本会議の開会は13時すぎに伸びましたが、正副議長選挙が行われました。2日目は休会。最終日は議会選出監査委員の選任同意や各委員会正副委員長の選任、議席の決定が休会を挟みながら行われました。
 私は今年、商工建設常任委員と少子化対策特別委員に就任。議会運営委員を7年ぶりに満行議員と交替しました。よく頑張りました。
 20日は党事務局会議に出席して当面の党務について協議。


○高見市議や県職の役員さんと延岡、日向地区をあいさつ回り(2003・5・16)


○全員協議会で自民党とつばぜり合い(2003・5・13〜5・15)

 
来週から始まる臨時県議会前段の協議が3日間行われました。具体的には、@議長、副議長の選出方法A議席の配分B9つの委員会委員長ポストの配分など各会派代表者や幹事長による折衝が延々と続きました。結局、協議が空転し最終日は夜中の12時前に終了。残りの協議は19日に持ち越されました。
 最大会派の自民党は初日から自らの会派の役員選挙で半日を費やし、その間社民党などの諸派は全員が協議に備え待機したものの待ちぼうけを食わされ無駄な半日となりました。会派内の協議で済むことは前日までに終えるのが会派間の常識ではないかと抗議し、自民党より陳謝がありましたが早速ガリバー会派の自民党とのつば競り合いが始まった感じです。諸派(社公民11人)の団結が緊要です。


○社民党都城総支部の統一選総括会議に出席(2003・5・12)


○第2回身体障害者スポーツ大会を観戦(2003.5.11)
 県総合運動公園で開催された身体障害者スポーツ大会出席し、優勝メタルを授与するなど参加者を激励しました。知事や県議会議員等が出席した開会式に続いて、障害の種類や度合いに応じて陸上競技やアーチェリー、卓球、水泳、投てき等が行われていましたが、日高部長や満行議員等と各会場を回ってお昼まで観戦しました。どの競技も多くのボランティア(中学生、高校生、社会人)のみなさんの審判や補助員などの協力でスムーズに運営されていました。天候が心配されましたが、選手のみなさんの懸命な競技に天も味方したようでした。頑張って下さい。
 

優勝メタルを授与して激励

○佐藤元県職労青年部長の結婚式に出席(2003・5・10)


○後援会事務所のあり方で後援会役員と協議(2003・5・9)

 
5年前に檍中学校近くに事務所を構え日常活動の拠点としてきましたが、もう少し市中心部に近い方が良いのではないかとのことで、東引土に移ってはどうかと言うことになりました。決まりましたらお知らせします。 その他、事業所のあいさつ回りや木曜会に出席。


○宮崎市職調理員部会であいさつ(2003・5・7)


○第74回メーデーで社民党を代表して連帯の挨拶(2003・5・1)
 
約2500人が参加して大淀川市民緑地広場で連合宮崎主催の第74回中央メーデーが開かれ、主催者の熱田会長挨拶や来賓の松形知事等の挨拶の後、社民党県連合を代表して「統一選挙での支援に感謝します。今、解雇原則自由の労働法制の改悪など働く環境は悪化しています。暮らしと平和を守るため共に頑張りましょう」と挨拶しました。
 これまではパンフレットによる挨拶文でしたが、4年前に県連合代表となって初めてのメーデーでの挨拶となり、少し緊張しました。
 式典後、双葉児童公園までデモ行進し雇用確保等を市民に訴えましたが、勤労者にとってはストライキで闘うに値する重大問題ではないかと思いました。
 

熱田連合会長や中武労組会議議長等と行進
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