社会民主党宮崎県連合代表 鳥飼謙二 社民党
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活動日誌 2002年2月
○県産業開発青年隊の終了式に感動(2002・2・28)
 清武町県建設技術センター体育館で行われた終了式は、感動的なものでした。規律正しい訓練で知られる同青年隊の終了式には修了生や保護者など250人が出席、1年の施工管理課程74人、専攻課程の24人が新しい門出を迎えました。
 来賓として出席しましたが、感動ではらはらと涙を流す青年を見ながら前途が明るきものであれと願わずにはおられませんでした。


○県環境審議会に出席(2002・2・27)
 県庁講堂で開かれた第2回環境審議会に出席しました。今回新たに提案された廃棄物広域処理計画は中央地区を除いて県北地区が日向入郷地区と延岡西臼杵地区の2カ所、県南地区が日南串間地区と都北西諸県地区の2カ所なっており改善が見られ評価できます。
 しかし、都北地区と西諸県地区は2カ所に区分すべきというのが私の判断です。何故なら、市民の目の前からゴミ処理の現場をなくしてはゴミ問題は解決しないからです。経過を質した私の質問に地区協議会の判断だからというのが回答でした。100トン未満は国の補助対象外だからというのが判断の前提のようです。
 県南ブロック協議会で、県の広域化計画に位置付けられれば100トン未満でも補助するという環境省廃棄物対策課長による平成13年10月26日付けの通知がしっかり議論されたのか疑問が残りました。
 会議終了後、県に100トン以上でなければ補助対象とならないとの国の文書の提出を要請しました。


○雇用問題で労働局長と意見交換(2002・2・26)
 深刻化する雇用問題を調査するため宮崎労働局を訪問し、古曳労働局長、東雇用計画官等にお会いしました。 
 古曳局長は「製造業の国外移転は深刻だ。汎用では中国等とは勝負にならない。独自の技術を持ち、技術力の差をつけることが必要」と強調。
 又、地域間で格差があるのはなぜかとの問いに「例えば、長野県の有効求人倍率は0・66と高いのはエプソンやデジカメ、カーナビなどがあるためだ」と回答。「これからは、研究機関等を併設したりして基礎的な技術を高め競争力をつけることが重要だ」と話しておられました。
 その上で、労働局の目標は@雇用維持の努力 A再就職の支援 B求人開拓 の3本柱で頑張るので、県や県議会は企業誘致等に努力して欲しい。まずは数を増やすこと、正規、非正規の議論の前に数を増やして欲しいとの声の前に自らを反省したところです。
 市町村にも生活相談室等にパソコンを配置して求人情報を市民にみて貰って欲しいとも話しておられました。
 若者が希望のもてる社会を築くため全力をあげようと再度決意を固め労働局を後にしました。ご協力ありがとうございました。


○2月定例県議会開会(2002・2・25)
 今日から2月定例県議会始まりました。
 知事より提案理由の説明があり、景気・雇用対策を現下の最重要課題として取り組み、企業誘致や諸産業の振興を図るとして、前年度当初比2・9%、200億円減の一般会計予算6811億円、商工労働部を商工観光労働部とする部設置条例改正案等70議案が提案されました。いよいよ論戦の始まりです。
 情報公開小委員会に出席し条例案を本義会で上程することを確認。条例案の主な概要は@県議会独自条例とすること、A不服審査機関は議員7名以内の構成すること。B審議の際3名の学識経験者の意見を聞くこと。C答申を受けて議長が判断する。
 近く開かれる議会運営委員会に報告し承認されれば本会議に上程となります。党議。


○宮崎市の学校・保育所の調理員さんの懇親会に出席(2002・2・23)
 青島太陽閣で開かれた調理員さんの懇親会に出席しました。歌や踊りなど盛りだくさんの催しで賑わいましたが、踊りは名取りの方もおられ大したものでした。私も余興に河内おとこ節を一曲披露し華を戴き冷や汗ものでした。
 又、今年退職予定の2名の方にお別れの言葉や花束が贈呈され、思いで深いものとなりました。
午前中は、佐土原町議選応援。

○党自治体議員団会議に出席(2002・2・22)
 労働福祉会館で開かれた自治体議員団会議に出席しました。
 総会の後、ゴミの広域化計画の問題点、市町村合併の現状について学習と交流を行いました。
 その中で、100トン未満でも県計画に位置づけられればゴミ焼却施設の補助対象になるとの環境省の廃棄物対策課長の文書が西諸県地区の市町村に一時流されなかったのは問題だとの指摘がありました。
 西諸県地区はゴミの予測が67トンのため補助対象とならずに都北地区と西諸地区で一カ所なったとすれば大変な問題です。


○自治労中央委員会に党を代表して出席(2002・2・20)


○県北地区選対準備会に出席(2002・2・19)

  来年の統一選挙の対応を協議する準備会に出席し、党の存亡をかけて全力で取り組むことを確認しました。
 日中は、高見市議と日向地区の東臼杵南部農業改良普及センターや延岡地区の県出先機関を県政調査を兼ねて訪問しました。
 
農業改良普及センター玄関で日高所長さん達と記念写真

○議会運営委員会に出席(2002・2・18)
 2月議会の運営について協議する議会運営委員会に出席しました。会期の日程は2月25日から3月22日までと決定。代表質問は社民党など5人、一般質問は12名と決定。
 午後は社民党県議団の党議で代表質問の内容について協議。代表質問は満行議員、一般質問は田中議員を確認しました。
 その後、第9回県議会情報公開小委員会に出席し条例案について協議。

○党常任幹事会に出席(2002・2・17)
 党常任幹事会で当面の取組について協議、夜は県行政書士会新春懇談会に出席。

○結婚式に出席(2002・2・16)


○「トランスコスモスCRM宮崎」コンタクトセンター開所式出席(2002・2・15)

 改装した青島パームビーチホテルイベントホールに進出したマイクロソフト新型家庭用ゲーム機Xボックの顧客サポート業務を行う「トランスコスモスCRM宮崎」コンタクトセンターの開所式に出席しました。
 約40人が第1次スタッフとして採用され、最終的には300人を採用予定で、25%から50%が常勤職員となり後は契約社員とのことですが、雇用の場が広がり力強く感じました。
 しかし、カーニバルホールは利用者の利便性を考えて作られたのに残念だとの声が印象的でした。 夜は、木曜会で農業の勉強。


○県庁退職予定者慰労会に出席(2002・2・14)
 県職労主催の退職予定者慰労会に出席しました。県行政や医療、福祉職場などで県政推進に尽力された皆さんがたのこれからのご健康とご活躍をご祈念します。長い間ご苦労様でした。


○リゾート振興基金小委員会に出席(2002・2・13)
 午前中はリゾート基金検討小委員会に出席。午後は財政課長より新年度予算の概要説明を受けました。延岡・都城両児童相談所の用地買収費用等1億9800万円や雇用対策が県の重点施策となるなど私共の指摘が予算化されており厳しい財源の中での工夫を感じました。
 夜は、宮崎市職労主催の退職予定者慰労会に出席しましたが、42年勤続の方もありそれぞれ感無量のようでした。皆さん、長い間ご苦労様でした。これからもご健康に留意されご活躍ください。

○県職労の一時代を築いた星指正人氏が逝去され葬儀に参列(2002・2・12)


○全日程を終了し無事帰国(2002・2・10)

 早朝関西空港に到着しバスで大阪空港へ。夕方の飛行機で帰宮し結婚式に出席。

○歴史を感じさせたストックホルム市内を見学(2002・2・8)
  いよいよヨーロッパ訪問も最後になり市内見学。、ガイドのジュンコさんの話では「ストックホルム市は18区に分かれ1923年に建築された市庁舎では管理部門のみがある。1階のブルーの間でノーベル賞受賞晩餐会が開かれているが、市議会は隔週月曜日の夕方から開会され議員はそれぞれ職業を持っている」とのことである。
それにしても、何ときれいな町なのでしょう。石の文化の真骨頂を見た思いで、300年〜400年前の建築物がそこにもここにもあると言った感じなのです。建築物は、高さが制限され歴史を感じさせ、そして国民が歴史と伝統を大事にしていることが感じさせられ感動を覚える街並みでした。
 

ノーベル賞授賞式が行われる市役所のブルーの間 ストックホルムガムラスタンで

○スエーデンサッカー協会訪問(2002・2・8)
 サッカー協会理事長室でヘルストローメル事務局長、リヒト技術部長等は「連合会は2004年に100周年を迎える歴史のあるものだ。1949年のオリンピックで優勝、1994年の世界大会で3位になった。
 昨年宮崎を視察したが、これまで見たこともないような施設と環境、そしてすばらしいホテルと海岸線、充分な準備ができると確信した。 
 5月20日に出国して21日から5月31日まで内定している。6月2日にイギリスと試合の予定でその後のキャンプ地は決まっていないが、今後総合的に判断したいと考えている」とあいさつをいただきました。
 私は「是非試合に勝って、宮崎の滞在を続けて下さい。県民は大歓迎します。」と長期滞在を要請しました。
 ヨーナス・ニューステッドさんは「2月1日からメディア担当になった。これから選手のことや宮崎のことを報道する予定です」と語っていました。
 

意見交換後の記念写真(スエーデンサッカー協会) 山口議員持参の観光協会カレンダーで宮崎を売り込む


○ストックホルム市で企業連盟訪問(2002・2・7)
  コペンハーゲンを10時25分発の飛行機で空路スエーデンへ。EU加盟国であり入国手続きも至って簡単。但し、通貨については機が熟していないとのことでクローネを使用している。
 早速、スエーデン企業連盟を訪問しでヤン・ヘーリン国際協調部長と意見交換しました。
 ヤン部長は、「スーエデンは日本と同じくバブル経済に入ったが様々な改革で国民所得を世界で4番目に復帰した。10年後にはトップになることを目指している。雇用問題で言えば、労働組合の力が強く解雇する場合は厳しい規制があり、パートタイマーに対しても正規雇用者と同じ権利が与えられている。」などと説明。
 さすが経営者側だなと思ったのは、「企業に対する税率の引き下げや合理的でない公的部門の自由競争」等の発言でした。勤労者側の意見が聞ければもっと調査が深まったのかなと感じました。
 経団連にあたる企業連盟ですが予定時間を大幅に越える約2時間も熱心に説明戴いたことに感謝します。
 

みんな真剣な面もちで話を聞く(スエーデン企業連盟)


○デンマークファールム市でナーシングホームを訪問(2002・2・6)
 リレバンナーシングホームは、平屋で自然に囲まれたところにあり家具などが持ち込みでき施設を感じさせない雰囲気がありました。建物は木造平屋みたいな感じで建設経費は少なく、又、身辺処理ができる人が多く見られたのが印象的とのことでした。
 しかし、残念ながら私は早朝より吐き気目眩による体調不良でダウン。午前中では快復せず、午後病院で受診し座薬の投薬を受けました。
 医療費は無料とのことでびっくりしましたが、通訳の若林さんの話では国民は皆カードを保持しそれにより受診しているが、投薬の場合は有料とのことでした。これを機会に医療制度を勉強しようと決意しました。
 

質素な作りの平屋建てのナーシングホーム 町に水路が引かれ息を見張る美しさのコペンハーゲン


○バルセロナ市都市計画局を訪問(2002・2・4)
 バルセロナ市役所でイグナシ都市計画局長と意見交換しました。
 同市は、1860年代から都市計画が進められたがスペイン内戦等もあり中断し、1974年に現在の計画が定められたとのことで歴史を感じました。大区画割りによる整備が進められ緑の配置とガウディに代表されるモニュメントが印象的な街でした。
 

バルセロナ市役所でのスライドを使っての説明 左から4人目がイグナシ局長 その隣が私


○パリ郊外のジョン・ゼ小学校・幼稚園を訪問(2002・2・1)
 パリ郊外のジョン・ゼ小学校・幼稚園を訪問し、フレーム小学校長、アルノー幼稚園長、ビロー地区教育事務所長等と意見交換しました。
 同校は、1978年に開校しフランス語が話せない移民の子どもなどもいてZEP(優先教育地域)の指定を受け人員等が手厚く配置されているとのこと。
 しかし、驚いたのは国の定めた指導要領はあるものの教材等の採用等、現場の教育において教師の自由裁量の幅が大きいこと、又10%の子どもが落第。小学校で落第?
 人事異動は、本人が希望しない限り行われず、又教師は教育以外のことは一切関わらないことにもびっくりしました。生活指導などは別の職員が確保されているとのこと。地域に根ざした教育が行われ校内暴力なども少ないとのことでした。
 意見交換の後、校内を見せていただきましたが開放的な雰囲気にもまたまたびっくりしました。写真は、その1場面です。
 

授業中断して記念写真?開放感で溢れています 満行議員の隣がフレーム校長とアルノー幼稚園長

○中継地フランクフルトに到着(2002・1・31)
 日本時間1月31日の午後11時(現地時間午後3時)頃、中継地フランクフルトに到着しました。入国手続き後空路パリへ。現地時間で午後8時頃ホテル到着して夕食でしたが頭がボワーとしています。それはそうです。眠らずに徹夜して朝の4時頃の夕食?ですから。それでも無理矢理就寝しました。


○宮崎県議会海外行政視察に関西空港を出発(2002・1・31)
 12日間の予定でヨーロッパ4ヶ国の視察に関西空港から出発しました。中継地のドイツフランクフルトまでの所要時間は12時間45分です。出発前にひいた風邪も何とか落ち着いた模様です。

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